ロウニン鯵の復習 

 青く澄み渡った空 どこまでもすき通った青い海 魚とりの名人トーマスは 今日も珊瑚礁の浅瀬にボートをとめて 一人で魚を待っている 
 潮の上げ下げや流れによって 魚が来たり来なかったりするので トーマス名人にとっては むやみに海に入らなくとも ボートの上にいて海を見ているだけで 魚がいつ来るかわかってしまうのだ じっと海を見ていたトーマスが 「今日は静かで流れもないから 大物は通らないかもナ」と 独り言をつぶやくと それでもいつもの通り モリの支度をはじめた 2メートルの長さのあるさおに細長いかねの棒で出来た手作りのモリを差し込み 二本のゴムをかける そのゴムの力でモリが飛びだし 魚に刺さるという 説明すると複雑だが 実物はいたって原始的な簡単なものである 苦労を共にしてきた愛用のモリに 「今日はおまえに 特別なものを 取らせてやりたいな」と 言いながら トーマスは 魚が逃げないように静かに 海に潜り始めた ここは いつも漁に来ていて得意にしているパレムの水道だ 水深3メートルの所に岩が出ていてトーマスはいつもその岩に腰掛けて 下を通る大物を待ち伏せするのだ しかし今日は 小ぶりのかすみ鯵や ぎんがめ鯵は来るけど 気に入った大きさの獲物が通らない 一回息継ぎに上がろうとした時 鳥肌がたった 1メートルを超すロウニンアジが トーマスを見上げているではないか ここで 息継ぎに上がったら逃げられてしまう トーマスは ロウニンアジに向かってまっすぐに潜っていった  頭がクラクラする 真下にロウニンアジがいる 逃げない チャンスだ トーマスはモリを放った  急いで浮上する 海面から顔を出したトーマスは 指笛を吹いているような音を出して 息を整える 浮いてきたモリをつかむと また潜った
ロウニンアジの姿が見えない しかしトーマスは 焦らない あいつがまた帰ってくることを知っているのだ あいつは俺のことを知っている そして俺を憎んでいる 今までに あいつの 親 兄弟 親戚 彼女に至るまで 何匹獲ったか分からない あいつは俺に仕返しをしたいのか よし!俺も漁師だ 面白い 相手になってやろう 何度か息継ぎをしながら岩の上で待っていると また あの鳥肌の立つ感じがしてきた そばにきている 永年の勘で分かる トーマスは2本のゴムを引いてモリを構えた 来ている! 岩からおりて もう少し深く潜る いた! トーマスはモリを向けた その時 ン! モリの先 矢じりが真横を向いている  さっき放った時 岩に当たったのだ これでは駄目だトーマスは岩に戻った 岩に座ってトーマスはモリをもちかえた 俺の作ったモリだ直せる トーマスはやじりを噛んだ 思いっきり曲げて見る よし! 少し伸びた もう一度噛んだ 思いっきり曲げて・・・みよう・・・ン~ ガシ ンガ ヴォ・・ヴ ヴォ ヴォヴォヴォヴォヴォ~ なんとモリが外れてトーマスのほっぺたを貫いてしまったではないか! 
 やっとの思いでボートに戻ったトーマスは状況を確かめた モリは左のほっぺたを射抜いて半分のところで止まっている 左右に1メートルづつ 困った 引いても押しても動かない 恥ずかしいけど病院へ行こう トーマスはこころに決めた エンジンをかけてはしり出す モリがブラブラすると痛い どこかへ固定させよう トーマスは考えた ボートの床に片方をさして 顔は横向き 左手はエンジン 右手はボートの中に立っているモリを押さえたまま 病院の船着場へ着いた  トーマスは 重量上げの選手のように両手でモリを持って 受付の窓口へ急いだ 廊下ですれ違う患者や 看護婦たちが「ト、ト、トーマス ど、どうした」と 心配より 面白いものが見れると言うような顔で近ずいてくる トーマスは 「やっぱり来なけりゃ良かった」と 思った         
 医者が来た トーマスは少し落ち着いた じーっとトーマスを見ていた医者が 「モリを切るかね?首を切るかね?」と 聞いた トーマスは バビジビャボビビャ ビビャビャビベブベ(ダイジナモリダ キラナイデクレ)涙とよだれと鼻水でグシャグシャになった顔で頼んだ トーマスの顔を見て しかめっ面をした 医者は トーマスの向いている反対側の壁際に立つと 声を殺し肩をゆすって波を流しながら・・わらった!  

 

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